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火葬燃料


2年くらい前まではさんざん言っていたような気がする。「他にもいるだろうに、なんでぼく?」呪文のように。
別にぼくでなくていいというのは正しくて、こんなことを考えてしまうのは目に見えてぼくの他にいるだろうに、あえてぼくになってしまったからという事実のせい。
たまたまそこにいたからぼく。
で、選ばれた理由というのはそれで、つまりはジャンプ台の意味。これを何度か繰り返してきてる。
だのに、未だにぼくはジャンプ台であり続けていたりする。なんでだろう。
このことについて不満はないが、別にいつまでも使い続けなくてもよかろう、という気持ちはある。何年も経とうとしている、その過程でぼくをジャンプ台にした人はどこかへ消えた。再びコンタクトを取ろうとすればきっと取れるだろうが、それはまぁ、例外的な話なので、ジャンプ台がわざわざコンタクトを取ろうとするのはヘンな話である。
また必要になったら呼んでくれたらいい。とはいえ、一度使ったジャンプ台をまた使おうとするというのもおかしな話だ。
で、だ、まあいくらかの例外が重なりあってジャンプ台を使った人をジャンプ台が呼んでしまったこともあって未だにぼくのジャンプ台要素は消えないでいるわけだ。上述したが、不満ではないのでそのあたりについてのツッコミは不要である。
でも、いつまでも古いジャンプ台を使うのも使い心地が悪かろう、ジャンプ台ながら思ってしまうのだ。
そりゃ、行く先にこんな役割を果たしてくれる者を探すのが単に面倒だとか、そんな勇気はない、とすれば、こうやっていつまでも古く腐れたジャンプ台を使うのも道理では、ある。
こちらも長い間"来る者拒まず、去る者追わず"というスタンスを保ってきたから、あえて不満を垂れるつもりは毛頭ない。でも、あなたたちはそれでいいのか、と思うわけだ。

ぼくは、そんなスタンスを保っていない限り、今のような生活は望めなかったのである。
別にそのスタンスが嫌いであるわけではないし、おそらくそうしなければいけないという本能的なものが僕の中に息づいているので、そうすることに不快感を催すこともなく20年ほどではあるが、生きながらえていられている。
しかし、もしぼくがどこかでひねくれて選民的な思想を持ってしまった時、ぼくの最期というものが明白な事実となってぼくの前に立ちはだかるであろうことは、平穏な生活を手にした今のぼくにもわかっている。
結論も出せないような内容の話であることは最初からわかってはいるが、つまり、ぼくは何をすることが正しいのかわからないままでここまで来ているのである。
たった20余年といったところで、そんな若造に人生のなんたるかがわかるわけがない、というのも悟ってはいる。いるにはいるが、少しくらいそのわかるはずがない、ということをわかっている、ということについて自分なりに講釈を垂れるのも、たまにはよいものではないかと、そうも考えている、
ちなみにここまでで自分が何について、誰に対して討議しているのか、自分では理解していないつもりでいる。理解してしまっていたら、この駄文が意味を持ってしまう。それではよくない。あくまで誰にも、自分にも理解し得ない駄文を書く、という目的で手を動かしているのだから、ここに意味を求めてしまうのは誤りである。(意味がないだけであって、目的はその「駄文を書く」ということにある。目的と意味とは同義ではない、とここに記しておく)

新しい場所へきて、以前まで抱えていたような猜疑心や黒雲立ち込めるような悩みといったものは、だいぶなくなって晴れたと思っていたが。やはり、心の根底にあるものはそう簡単に、完全に消えてしまうことはないらしい。
きつく咳くことがあると、よくそんなことを考える。咳くと、喉の奥の方で血の匂いがする。その匂いが鼻に残る間、ぼくは「自分の死とはいったい何なのか」をいくらか卑近なもののように感じ、考える。
実際、死とはぼくに限りなく近い位置で眠っているのではないかと思う。それが物理的に襲いかかる死であれ、内面の崩壊として覆いかぶさってくる死であれ、それらは常に自分の枕許にいる、気がするのだ。

こうした考えを、「えらく中学生ぶった考えだな、くだらない」と吐き捨て、直ちに棄却することは容易だ。しかし、いつまでもこれを抱え込んで、なぜだろう、ぼくはどうしてこう考えるのだろう、と思うことは、棄てることよりよほど難しいことである、とぼくは思っている。つまり自分はその難儀なことをやってのけている点においていくらか優れているのではないか、と自分を持ち上げているにすぎない。そうやって自分を格下に突き落とすこともまた、容易なことである。
自分を貶めることより、残忍で簡単なことはない。
自分を高位に留めることほど、美しく、困難なことはない。

アテがない駄文であることは最初からわかっていたことだが、ここいらで唐突に終わらせておく。
22:14 | 雑記 | comments (0) | edit | page top↑
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