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心の澱がなくなった途端、抱えた不満や辛苦がなくなってしまうものなのでしょうか。
そうは思いませんが、身体は正直なようで。

驚くべきことに10月になってから初の投稿です。もう一週間も経過しています。ぼくは何をしていたのでしょう。
きっと何もしていませんでしたが、とにかく一週間経過していました。
ここ何ヶ月かで最も堕落した一週間だったように思います。いつもと変わらない7日間でしたが、それでも最も堕落していたという自覚があります。
ぼくの中から転がり落ちた緊張感は淀みある空気の一部ともならずに立ち消えてしまい、その一切を失ってしまった。
本来あるべきものがなくなると、少なくともぼくは思考停止になる。時間停止はせずとも。

まだ卒論の準備もままなりませんし、何より内定をいただく前提として「入社までに独学でもいいから基礎を固めるように」とお達しを受けています。
正直、キャパシティオーバーであることを否めない、というかそう思いたい自分がいて、どちらも手付かずになっています。
自分でも割と疑問点ではありますが、どちらかだけでもやればいいのにどちらもやらずにいるのは、タスクに見合っていないからなのか、単純に面倒だと考えるからなのか、そういう病気なのか、未だによくわかりません。
もっと謎が深まることに、全くやる気がないわけではないという点。
プログラミングを学ぶにあたり入門書は必要だろうということで入門書を先日購入しています。ですが、まだ開いていません。
非常によくない傾向だな、と思います。

趣味の音楽ゲームももう一度頑張ろうと思いまた始めましたが周囲の同程度の実力だった友人たちにはもう追いつけないレベルになってしまいました。
退路を完全に断たれてしまったなと感じています。
戻ろうとして、しかしぼくの居場所なんて既にどこにもなかった、或いは最初からそんなものはなかったのかもしれないと、気付くには遅すぎたようですね。

ここで趣味だったものを諦め、バッサリと切り捨て、そんなものは別に要らなかったと、金の無駄だったと、今はやるべきことをやって将来に備えよう、そう考えるのが世間的にはきっと妥当なのでしょう。
社会の目はそれを些事とし、不要の烙印を押すでしょう。
卒業論文に没頭し、残り僅かのアルバイトに身を投じ、入社のための知識と技術を蓄えるために勉強に傾倒する、それが一般に最適解と呼ばれる、当面の人生の歩み方であるに相違ないでしょう。

しかしぼくには、どうにもそうは思えません。
確かにその最適解を辿ることが正しさであることは理解できます。そうすべきだという納得もあります。
でも自分の身体はその通りには動こうとはしない。
ただの面倒くさがりだとか、ワガママだとか一蹴するのは簡単なことですし、そうなのかもしれません。
ですが、それだけの理由なのかどうか、実際の所ぼくにもよくわかりません。

最近の脱力感と空虚感はこの辺りに起因しているのではないかと思います。
というか単純に「自分は無力だな」と思うことがありますし、この一年で心の変化はほとんどしていないように思えます。
人間、そう簡単に変わりゆくものではないですね。今の性格に落ち着くのにも相当な時間を要しましたし、これでもまだ完成形だとは言えないでしょう。
もっと惨めで、口にだすのも憚られるような自分がいた事を決して無かったことにしてはいけない。それをひた隠しにすればするだけ、自分というものがわからなくなってただ見失ってしまうことになる。

歯切れの悪い文章で大変申し訳ありませんがこれにて。
ぼくは一体何を逡巡しているのでしょうか。
03:54 | 雑記 | comments (0) | edit | page top↑
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